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プロフェッショナル 仕事の流儀

最近、おもしろいアニメもなく、 プロフェッショナル仕事の流儀を見だしたが、 これが予想以上におもしろくハマっている。 宮崎駿、鈴木敏夫 他、さまざまな分野の一流の人たちが出てきて、 その仕事ぶりや、取り組み姿勢、哲学や信念などが語られる。 これ…

仏法

目に映れば、見える 耳に届けば、聞こえる これが自己自身の姿あるべき姿であり真実仏法 坐れば、座布があたたまるもあるべき姿仏法 病気になることも死ぬことも仏法あるべき姿であり解決済みのすがた何の問題もない もちろん病気になれば、治療もほどこすこ…

井上義衍老師

今ここにですね、この通りに、これは皆さんの前にこうすれば(手をあげる)これがあるということは絶対なんですね。 それほど確かな動かない道であるのにですね、其の外に尊い道があるような気がして本当のものをというてどこかを訪ねている。 本当のものが…

原田雪渓老師

仏陀が説かれたことは、 「一切の有形・無形の存在は、人の考え以外のところにあり、すべて因縁により生じ、因縁によって滅しているものである。自分とは一切関係なく、出ては消え、出ては消えしている。因縁によって形成されているものは、中心が無く、実体…

井上義衍老師

我見をこれから離れるのではない。 我見の起こる前があって、その前が自分の事実です。それが本当の私どもの心の在り方です。 我見といわれるものは、認識作用で何も実体はないのです。 空(くう)にする前に空であった事実が、そのまま「ズバッ」と、みな。…

解決の道

自己自身と向き合い、決着をつける。 それ以外に解決の道はない。

原田雪渓老師

ポイントを申し上げますと、狐が狐に安住するーー狐が狐に本当になりきって、人間なんていうものになりたくない、もう狐で十分だ、狐になって本当に満足をした状態を「仏」といいます。 その反対に、人間が人間に満足をせずに絶えず何かを求めている。仏にな…

坐禅

坐禅をしていると、心のなかに絡まった紐が解けてくるような感じがする。

井上義衍老師

説法というのは、人のことを聞くんじゃないんです。自分のことを自分で味わう様子が説法の様子です。 それですから「本性の理」というんです。「本性の理」というのは、決して人の鼻を借りて呼吸をすることはできないんです。各自、人々分上(にんにんぶんじ…

原田雪渓老師

物心がつくのは四歳か五歳か知りませんけれども、それから八十歳まで生きられたとして、その間、いろんな善いことがり、悪いことがあり、損をした、得をした、是非・善悪があった生活というものは、いったい誰の生活でしょうか。そういう認識の世界、いわゆ…

自然と健康

自然エネルギーをとりいれるほど、人は健康になり、 自然から遠ざかったエネルギーをとりいれるほど、人は病気になる。

アンマ

「人間がお互いの中に自己を見出し認識できるようになったとき、 初めて本当の平和が訪れます。」

本物のメッセージ

本物のメッセージは年月が流れても、色褪せない。 時間をおいて、再び見ると、その意味が理解できる。

見渡せる

より進化す(目覚め)れば、 より広範囲に物事が見渡せるようになる。

目覚め

私はすべてである。 すべては私である。 I am everything

幻想

二元性はすべて幻想

幻影

自我意識は幻影

神性を発現させるには

いかにすればこの驚異的な潜在的神性を意識的に発現させることができるのでしようか。 それに関して地上には各種の学説、方法、技術があります。いずれも目指すところは同じで、脳の 働きを鎮め、潜在的個性を発現させて本来の生命力との調和を促進しようと…

善意と悪意

善意から発せられる、言葉、行動と 悪意から発せられる、言葉、行動がある。 その出どころが肝心であり、 カルマの法則により、 自分に返ってくる。

星の王子様

「こころで見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。 かんじんなことは目には見えないんだよ」

享楽

この世で得られるあらゆる享楽は、本当の世界で得られる享楽に比べれば、本当にわずかな塵のようなものである。

卵という物体には、そもそもポジティブなイメージも、ネガティブなイメージもついていない。 ポジティブなイメージやネガティブなイメージは、その人の心の中にだけ存在する。 これが固定観念である。 善い卵ですね、悪い卵ですね、ということは卵自体にはつ…